釜石生まれで盛岡在住の男が、岩手のニュース・イベント・観光・スポーツを紹介します。
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2015年12月31日 (木) | 編集 |


大晦日の盛岡は快晴です。長年住んでいますが、たぶん珍しいんだろうなと。屋根の雪と、青空のコントラストが眩しいです。部屋にはサン・キャッチャーボールからの、七色の光が差し込んできます。

自分にとって今年は、大きな変化のあった年でした。一生忘れられないような、出会いもありました。今も生きていられることに、感謝しています。

手帳や雑多な事柄を書いたノートを見ると、今年やろうとしたことや、こう考えるといいんだよな?ってことの多くを、実現できたのに気づきました。しかし今までいたところをノープランで旅立つという、自分らしい暴挙は、きっと周りの失笑を誘ってるんだろうなと思いつつ、自分にはその思考は全く関係ないことでして...。

歌を聞き、自分も歌い、本を読み、自然に触れて、仲の良い人と話し合う。自分にとってはそんなことが、これからも生きていく活力になるんだろうなと思います。

あの日先輩や同級生、そのお子さんが一瞬でいなくなり、私の家や爺ちゃんとの思い出の家、おじさん・おばさんの家も消えました。震災関連死でおじさんが亡くなり、高校の時に悪さを一緒にしていた友は、復興のために駆けまわった末に、命を落としてしまいました。

それからと言うもの、自分の中に残った辛い思いは、なかなか拭い去ることができずにいましたし、こうしなければいけない的な、強迫観念のようなものに、ずっと襲われてきたような気がします。

きっと今自分が考えていることは、時薬によって癒やされたから出てきたものなのかもしれません。そしてこの間、時間をかけて、何かにたどり着いたのかもしれません。

うちの田舎の人間は、私が知っている限りの話になりますが、一様に明るいです。辛い目に遭っても、うん大丈夫だよとか、また馬鹿話すっぺとか、顔見せろとか、できることやれやとか...

今までいろいろ考えてきましたが、誰も誰かの代わりにはなれないわけですから、私は私のできることをやっていく。そして皆さんが仰るように、見守っていこうと思っています。みんなが諦めていないのだから、私も諦めません。

今年を締めくくる言葉は、「迷った時は遠くを見よう」

私は夢や希望という言葉は使いたくありません。毎日毎日一生懸命生きて、その積み重ねを大事にしたいです。今を迷って何もできなくなりそうな時は、遠くの自分を見て、今を再構成する。

自分はとっても弱い人間ですから、こうやって生きてきました。誰かにどうしなさいとは決して言えません。やり方も人それぞれでしょう。自分ができることを懸命にやっていくのが、人の道だと思います。

部屋を掃除し、カレンダーを架け替えました。明日もまた、いい日がやってきます。だからどうか諦めないで。

私の願いです。

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